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​曲目解説

こちらのページでは演奏会で使用した曲目解説を中心に掲載していきます。

更新はゆったりと行います。どうぞよろしくお願い致します。

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F. メンデルスゾーン

無言歌集より ヴェネツィアの舟唄 Op. 19 Nr.6 , Op. 30 Nr.6 , Op. 62 Nr.5

 

絵のない絵本は、言わずと知れたアンデルセンの名著である。絵本という言葉とは裏腹に、挿絵一つない短篇集である。しかし、絵が無いからこそ紡がれる言葉一つ一つが色彩をまとい、あたかも色鮮やかな絵が目の前に浮かんでくるような作品となっている。無言歌集の作品を弾いている時に、ふっとそのことが頭に浮かんだ。無言歌集という言葉は、少し硬質な響きを持つ。しかし、原題であるLieder ohne Worteは言葉(歌詩)の無い歌たちと直訳することが出来る。ドイツ語のこの言葉の響きは、矛盾する言葉が生み出す哀愁のようなものを感じさせる。

この作品集は、一曲一曲がとても短く、歌曲(リート)を連想させるような形式で書かれている。メンデルスゾーンは、生涯に渡ってこの作品を書いてはまとめ、全8巻48曲を作曲した。(収録されてない作品が数点あり。)言葉(歌詩)を伴わないからこそ、作中で奏でられる旋律が、聴衆にそこに付いていただろう歌詩を連想させる。歌詩を伴った歌曲集とはまた違った趣を味わえる作品となっている。

 

メンデルスゾーンは48作品中、5作品に3種類の標題をつけた。その中の一つがヴェネチアの舟唄である。全部で3曲あり、すべての曲が短調で作曲されていること(Op.62のみがピカルディ終止)、そして拍子が8分の6拍子であることが共通していることである。全体的にゆったりと、ゆらめく運河の流れを思わせるような左手のリズム、その上を右手の奏でる旋律が朗々と歌い上げる。美しい場所であるはずのヴェネチアにおいて、人々の哀愁や喜び、様々な感情をすべて飲み込んできたような運河の流れと、その想いを歌い上げる船頭の様子が目に浮かんでくるような作品である。

L.v.ベートーヴェン ピアノソナタOp.90

ソナタとは、ソナタ形式で作曲された楽章を含む数楽章からなる作品である。この作品はベートーヴェンのソナタにおいて珍しく二楽章編成で作曲されており、この作品の後に続く後期のソナタへの架け橋的な印象を与える。しかし、架け橋という表現では収まらないほど内容的にも大変充実した作品である。

まず、この作品で印象的なのが、2つの楽章が全く違う性格からなっているということである。

第一楽章は冒頭の主題のモティーフがフォルテで弾かれたのち、ピアノで同じものが直ちに呼応するかのように演奏される。ベートーヴェンの作品に多く見られる特徴的な強弱の表情の違い、和音とメロディー(縦と横の動き)、など真逆であるいくつもの要素がお互いに一歩も引かず均衡しているという印象を受ける。

 

第二楽章 冒頭に奏でられるミファソの音は第一楽章の冒頭のモティーフの一部である(ソファミ)の反対の形である。第一楽章とは全く違う歌曲的な響きを持ち、それがロンド形式で書かれているので、柔らかなテーマが何度も何度も曲中に現れては豊かな響きを与えていく。楽章の最後、休符なしでふっと消えるように終わる音型は、次のOp.101のソナタへとそのまま繋がっていくような印象を与える。

W.A.モーツァルト フランスの歌曲「ああ、お母さん、あなたに申しましょう」による12の変奏曲

                                          K.V.265 

変奏曲とは、曲の冒頭に、曲全体の主軸となるテーマ(主題)が演奏され、その主題を用いて様々に変奏していく作品である。ベートーベン以降、変奏形態がより自由に展開されていくのに対し、この作品は、主題の旋律線が変奏曲ごとに大きく変化することなく展開されていく。

シンプルで美しい和声進行、旋律の動きが大きく変わることなくこの作品を支配しているのにもかかわらず、各変奏曲が見事な彩をみせる。その理由の一つに、変奏ごとに起こる多彩なリズムの変化、そして旋律線を彩る装飾音の変化が挙げられる。16分音符、浮遊感のある3連符、合わせ鏡のように左右のリズムが反転したもの、並行カノンによる短調の変奏曲、などその目まぐるしい変化が、統一的な和声進行と共に一体化している。

多彩であり、統一的であるという変奏曲の形式を見事に表現している作品である。

L.v.ベートーヴェン 創作主題による32の変奏曲 WoO 80  

 

 

ソナタ、交響曲、協奏曲などは、ベートーヴェンの作品群において主核となるものばかりだが、変奏曲もまた見逃すことの出来ない重要な作品群である。

この作品は、ベートーヴェンが作曲した数ある変奏曲の中でも異彩を放つものである。何故なら、通常一作品につき6から12程の変奏でまとめられる変奏曲とは違い、32種もの変奏が主題の後に展開される。

曲の冒頭、奏でられる主題が8小節と短く、瞬きする間程のものである。その後、続く32種の変奏は31変奏まで厳格とも言えるほどに、1変奏ごと8小節のみの変奏が続く。冒頭の主題で掲示される小節数が、変奏ごとに守られていくことは、よく見られることだが、ここまで短い変奏曲の主題はあまり目にしない。

一瞬で過ぎる1つ1つの変奏曲。しかし、その一瞬に無限とも呼べる多種多様な彩を与えていく変奏の数々。

自らに課しているかのようにも思える8小節の枠組の中で自由に変奏する様は、即興演奏の名手として知られたピアニスト ベートーヴェンと、古典的な変奏曲に見られる、テーマに与えられた和声進行を厳格に守りながら変奏していく作曲家ベートーヴェンの二つの顔が垣間見えるようである。

F.ショパン ノクターン Op.9 Nr.2, Op.48 Nr.1, Op.55 Nr.2

ノクターンは何よりも、旋律の美しさが際立つ小品であると思う。ショパンはマズルカやポロネーズなど、ポーランド源流の舞踏のリズムを土台とし、そのリズムと共に筆舌に尽くしがたい優美な旋律を纏う作品を多く残している。

ノクターンは全体的にリズムは影を潜めて、ゆったりとしたテンポのもと、耳に残る美しい旋律、それと共に移ろう和音の音色、そしてその二つがもたらす響きの美しさが印象的な作品群である。

「ノクターンはもともとはカトリック教の夜の礼拝の初めに歌われる歌を指していた」(楽典 音楽家を志す人のための 新版 菊池有恒 音楽之友社 1988 225pより引用)ノクターンを初めてピアノ作品として作曲したのはジョン·フィールドである。ショパンも彼のノクターンの作品に触れたのであろう。中庸なテンポ、旋律に重きを置いているところ、小品であることが両者の共通していることである。ショパンのノクターンはワルツ、ポロネーズ、マズルカの作品群と同じに彼の晩年まで作曲されていったものである。

Op.9 Nr.2  この作品は、ショパンが作曲したノクターンの中でも特に人々に知られている曲ではないだろうか。冒頭に奏でられる美しくシンプルな主題が、作品の中でリズムや装飾音を微妙に変化させながら何度も奏でられる。左手が単調なリズムを繰り返すことでより一層、右手の旋律の美しさをを際立たせている。

Op.48 Nr.1 主題はハ短調に支配されているかのように重く、暗く響く。右手の前に行く動きを、引きずりとめるような、左手のバスの音。冒頭、右手の奏でる旋律の美しさは、全体を支配する暗い響きの中でより一層輝きを増している。

中間部分は、コラールを思わせる明瞭な和音の重なりが、つかの間の光をともしたかのように響く。その後、激しさを伴ったオクターブのリズムが下降していくとともに冒頭の主題へいざなうように激しく奏でられる。

Op.55 Nr.2 左右の奏でるお互いに独立した旋律が、寄り添いながら、均衡を保ちながら響く。浮遊感のある左手の上を、悠々と歌うように奏でる右手の旋律が印象的である。

 

 

M.ラヴェル ソナチネ

​ソナチネはクーラウやクレメンティなどの作品が良く知られる。ソナタ形式の原型とも言える楽章を含む、複数の楽章からなる小規模な作品を指す。ソナチネと名づけられたこの作品は、ラヴェルの古典形式美への傾倒を示している。何故ラヴェルが古典の形式、またはそれ以前の形式に基づいた作品を多く残しているかは定かではないが、モーツァルトを尊敬していたこと、学生時代からすでに過去の作品を研究し、模倣することの重要性を口にしていたことなどからある程度想像が出来る。

作品全体を通して、精緻に作曲され、また洗練された美しい響きを持つ。

一楽章 冒頭の下降するファ♯とド♯この4度の音の隔たりを含んだ主題は三楽章を通して強い影響を与える。ソナタ形式で書かれており、流動的な第1主題と、動きの少ない第2主題、一瞬の激しさを纏った展開部、そして少しずつ染み入るように移ろう和音の微妙な色合いが美しい楽章である。

二楽章 メヌエットのテンポでと書かれた通り、浮遊感のある、そしてどこか感傷的で優美な舞曲である。この作品は優美であるというメヌエットの本質は守りながらも、メヌエットにおいて本来弱拍にあたる部分に時折アクセントが書かれていたり、従来4分音符を一拍として書かれることが多かったメヌエットの中で8分音符を一拍としているあたりが、流れを持った浮遊感のあるモダンなメヌエットという印象を与える。中盤、1楽章の冒頭の主題の一部が右手で弾かれ、その主題を拡大した旋律を左手が追うように弾く。フーガの勉強に力を入れていたというラヴェル、またこのソナチネの作曲時期があのローマ賞の期間と重なっていることが、このような仕掛けを施す起因となったのであろうか。何度も出てくる4度の音型が美しい響きの中で気づかせないほど繊細に配置されている。細部まで緻密に音を並べた楽章である。

​三楽章 作曲者の生きた時代背景がどれだけ作品に影響を与えるかは定かではないが、ラヴェルの生きた時代は工業が発展を遂げていった時代である。この楽章は冒頭から結尾まで機械的に常に動いている音楽である。冒頭、右手が弾くド♯ファ♯は4度の隔たりをもつ、1楽章の始まりとは反対の上昇の動きである。水の反映や、木漏れ日のような、自然の光景を音にしたというよりは、精錬工場に放りこまれたような機械的な音の洪水の中で火花を放つような右手の旋律が鮮烈に響く楽章である。

F.リスト 巡礼の年 第二年への追加 ヴェネチアとナポリ A197

 

街から街へと旅をしていった人生。リストの生涯に少し触れるとそのようなことを思い浮かべる。

この作品は、リストが本格的にピアニストとしてのキャリアをスタートする前、青年と言ってもよい26歳から28歳までの間に、彼の恋人でもあったマリー ダグー伯爵夫人と旅先のイタリアで目にしたこと、耳にした旋律を元に後に書き留めていったものである。

元々は4曲で構成されていたが、後に第1番、第2番を無くし、第3番、第4番をそれぞれゴンドラを漕ぐ女、タランテラとした。(第2曲カンツォーネは新たに作曲され組み込まれた。)

 

ゴンドラを漕ぐ女 冒頭、ゴンドラをこぐ動き、揺らめきを思わせるような左手の暗い音色から始まる。その上を対象的に流れる水を彷彿させるような右手の音型が繰り返すたびに明るい響きとなっていく、印象的な幕開けである。

その後、右手によって奏でられる主題は柔らかく優美で朗々と歌うというよりも、甘く、小さな声でそれでも聴こえるカンツォーネ(歌)である。終盤、水の煌めきを彷彿させるような装飾音が左手が奏でる主題と共奏しているような印象を与える

 

カンツォーネ ゴンドラを漕ぐ女とは対称的な左手の不穏なトレモロが耳に残る。このトレモロと共に奏でられる右手の力強いカンツォーネ(歌)はイタリアの作曲家ロッシーニのオペラ オテロからとった主題である。終盤、慟哭と思われるような激しい旋律が幻だったかのように、その旋律を流すかのような左手のアルペジオが一瞬の明るさを曲に与える。しかしそれもつかの間、暗闇に引きずられるような和音とともにタランテラへと弾き継がれる。

 

タランテラ タランテラはイタリアを発祥とする舞曲である。多くは8分の6拍子で書かれ、とても速い。

この作品の中盤はナポリのカンツォーネと小さく表記した楽曲が含まれており、曲調が大きく変わる。

毒蜘蛛タランテラに刺されると、解毒するために踊り続けなくてはいけない、その毒の苦しみを舞踏として表現したなど、タランテラの名前の起源は諸説あるが、もとはイタリアのタラントという町に縁があるとされている。

一瞬ですぎる、めまぐるしい右手の動きと共に毒々しく、狂乱に満ちた響きを持つタランテラ、その後中盤のナポリのカンツォーネでは豊かな響きを伴った右手のカンツォーネ(歌)が浮遊感のある左手のリズムと共に奏でられる。終盤、このカンツォーネ(歌)が突如再び現れるタランテラのリズムと共に旋風するが、それはもはや冒頭の毒々しいタランテラの舞曲ではなく、豊かな自然、誇り高い芸術文化、それらを象徴するようなイタリアの歌(カンツォーネ)と共に明るい響きに満ちた楽曲として終わる。

若きリストが目にしたイタリアという国を鮮烈に感じられる作品である。

参考文献 「新版 楽式論」 石桁真礼生 音楽之友社 (1949)

     「音楽の楽しみ Ⅱ 音楽のあゆみ-ベートーヴェンまで」 ロラン=マニュエル 吉田秀和=訳 白水社(2013) 

     「音楽の楽しみ Ⅲ 音楽のあゆみ-ベートーヴェン以降」 ロラン=マニュエル 吉田秀和=訳 白水社(2013) 

     「作曲家 ◎人と作品 ショパン」 小坂裕子 音楽之友社 (2004)

     「ショパン カラー版 作曲者の生涯」 遠山一行 新潮社 (1988)

     「クラシック 音楽作品名辞典 第3版」 井上和男 三省堂 (2009) 

​     「楽典 音楽家を志す人のための 新版」 菊池有恒 音楽之友社 (1988)

     「ラヴェル 生涯と作品」 アービー·オレンシュタイン 井上さつき=訳 音楽之友社 (2006) 

     「音楽の形式」改訂新版 アンドレ·オデール 吉田秀和=訳 白水社 (1973)

     「作曲家 ◎人と作品 リスト」福田弥 音楽之友社 (2005)

​     「フランツ·リストはなぜ女たちを失神させたのか」浦久俊彦 新潮社 (2013)

     

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